兄妹に親の介護を押し付けられた ある会社役員の実例
番号 57

「入りたくても入れない」施設介護の実態
先日、当社の執行役員である社員が遠く離れた実家に暮らす母親の介護の為、『フルリモート申請』を行いました。
以前からリモート勤務の生産性に大きな疑問を抱いている当社において “リモート削減の波”に逆行する、しかも反対派の代表格である役員のまさかの申請に会社全体が当然のごとく『大騒ぎ案件』となりました。
当然、様々な社員への今後の影響を考え、さすがに当初はその役員も退職を申し出たといいますが、最終的に決め手になったのは他でもないエンジニアの後輩達の声だったといいます。
その役員は創業初期からいるエンジニアで、某有名企業のヒット商品も手掛けた業界では知られた存在でした。
当社が社運をかけた主力商品開発時にヘッドハンティングされ、見事売上げ一位にまでプロジェクトをリードした実績が認められ、当時の最年少で役員入りしましたが、役員になっても席を工場に置き、毎日若手のエンジニアと技術論よりも感情的な部分に寄り添える唯一無二の人格者として社内では人望を集めまくっていました。
そんな役員にフルリモートで良いのでこれからも自分の相談に乗って欲しいと多数の”後進エンジニア達“が集結して嘆願を起こし、とうとう社長自ら逆にフルリモートで会社に‟居て頂く”お願いする形となったのです。
とはいえ、他の社員達の示しがつかないと、フルリモートの条件として、役員を降り、雇用形態をパートにする事や通信費や交通費など全額自己負担などを自ら申し出ました。
もちろんパートになれば給料は今の半分以下と"爆下がり"になり、それでもフルリモートを選択した背景にはただならぬ事情があるようでした。
フルリモートでサポートするお母様は、現在ご実家で一人暮らしをされ、農業をしながら無人販売所で収穫した野菜を販売しており、生産量は少なくなったものの今でも現役で農家を営んでいらっしゃるとの事です。
年金と販売所のお小遣い程度の収入でなんとか暮らしていける状態だったそうですが、少し前より認知症の症状が進んできたせいで、畑に出たっきり帰れなくなってしまったお母様を、近所の方が偶然見つけて連れ戻すような場面が出始め、過疎化が進んだご実家周辺では大きな事故につながらなかったことが奇跡的というほど心配要素も多く、その役員も頻繁に有給を取られてはご実家に里帰りされていました。
役員のご兄妹は、長男であるお兄さんと長女の妹さんの3人兄妹の真ん中で、長男はアメリカに移住し、遺産を放棄する代わりに一切の介護はしないと早々に宣言されて以降ほとんど連絡すらしてこないという徹底ぶりで、妹も実家から離れた他県に嫁いだと思いきや、その他県の『親の面倒は長男の嫁が看る』という昔ながらの‟鬼“ルールを順守する為、ご主人側のご両親と同居・介護しながら高校生と2人の大学生の計3人の子供をダブルケアで行い、とても自分の親の介護になど手が回らないという状況だそうです。
役員はリモート介護も考えましたが、認知症の症状もひどくなってきた今、とても徘徊やディサービスなどの日常のサポートなどができる自信もなく、実家の近隣や役員のいる東京に呼び寄せて介護施設へ入所させるプランも散々検討しましたが、とてもお母様の収入内でのやりくりすることは難しく、どうしても役員への毎月の負担が強いられます。
金銭面も労力面も兄妹に全くアテにできない役員はほとほと困り果て、色々考えた結果、今の役員ポジションも収入も捨て、ご実家に帰る決意をしたといいます。
約55%の介護者が「介護による家族関係の悪化」を経験
今回のフルリモートを申請した役員のように、中年期の働き盛り世代が親の介護を担うケースが顕著で、約42%の介護者が仕事時間の削減や転職を余儀なくされているそうです。
介護のために仕事を制限または離職した家族の平均年収減は約300万円にも達すると言われ、特にsingle income の家庭では、壊滅的な打撃になり得るといえます。
さらに、介護時間も平均1日約6〜8時間を費やしていると言われ、家族の誰か一人に背負わせるには、あまりに過酷で不公平と言わざるをえません。
こうした家族への‟なすりつけ“行為は、どんなに仲が良かった兄弟間といえど深刻な軋轢を生み、精神的疲弊、社会的孤立などの問題が顕在化しており、約55%の介護者が「介護による家族関係の悪化」を経験したという報告もあるほどです。
一方で家族介護を選択することで優遇される税制もあります。
障害者控除は家族介護における重要な税制優遇の一つであり、要介護認定を受けている親を介護している場合、障害者控除額は年間最大で70万円に達します。
これは要介護度に応じて、障害者控除または特別障害者控除が適用され、所得税および住民税から控除されるというもので、例えば、要介護4または5の親を介護している場合、特別障害者控除として最大で53万円の控除が受けられます。
医療費控除も家族介護における重要な税制優遇措置です。
介護に関連する医療費や介護用品の購入費用は、確定申告により所得控除の対象となります。
年間の医療費が10万円または所得の5%を超える部分について、最大で200万円まで控除が可能です。これは、介護に伴う経済的負担を実質的に軽減する効果があります。
扶養控除は、高齢の親を扶養している家族にとってもう一つの重要な経済的支援です。
年間の所得が48万円未満の親を扶養している場合、年間38万円の扶養控除を受けることができます。この控除は、介護する家族の税負担を直接的に軽減します。
これらの税制優遇措置を総合すると、家族介護を選択することで、年間で最大100万円以上の経済的メリットを見込める場合もあります。
在宅介護で100万円税金控除されるのと、毎月8万円介護施設に払うのはどちらが幸せか?
今回のケースのように家族間で不公平や負担が偏らないよう、介護施設にお願いしたいと切望しても、経済的理由で入所できないケースは激増しており、厚生労働省の最新調査によれば、65歳以上の高齢者の約15.6%にも相当する、約237万人の高齢者が経済的理由により適切な施設介護サービスを利用できていないという報告もあります。
さらに興味深い分析として、所得階層別の施設介護利用率にも顕著な格差が見られます。
年間所得500万円以上の世帯では施設介護利用率が32%であるのに対し、300万円未満の世帯では僅か8%に留まっているといわれており、経済的格差が直接的に介護サービスへのアクセスに影響を与えていることを明確に示しているといえます。
今回のお母様のように基礎年金のみで平均月収7~8万円程度の年金生活者にとって、月額数十万円の施設介護費用は事実上不可能な選択肢となっています。
公的介護保険制度の適用状況も複雑な様相を呈しており、要介護3〜5の重度認定者のうち、約22%が経済的理由により必要なサービスを制限または断念しているといわれ、特に自己負担額が月収の20%を超える場合、サービス利用を躊躇する傾向が顕著に見られるといいます。
また、高齢者世帯全体の62%が金融資産1,000万円未満を占め、特に単身高齢者や年金のみで生活する世帯では、施設介護の長期利用は経済的に極めて困難であり、完全な「贅沢」と化している現状があります。
「働きたいけど仕事がない・・」低所得者向けの介護支援策
低所得者向けの介護支援策は、日本の高齢者福祉において最も緊急性の高い課題の一つであり、現行の支援制度は根本的な改革とより包括的かつ柔軟なアプローチが言わずもがな不可欠となっています。
経済的脆弱性を持つ高齢者に対する支援策として、自治体レベルで実行・検討されている事項は以下のようなものがあります。
🔳所得連動型介護費用軽減システム
現在の画一的な支援制度を改め、世帯所得に応じた段階的な介護費用軽減メカニズムの導入。具体的には、年間所得に応じて0〜90%の介護費用補助を実施し、低所得世帯ほど手厚い支援を提供する。
特に、年間所得300万円未満の世帯に対しては、最大80%の介護費用補助の検討。
🔳地域密着型介護支援ファンドの創設
地方自治体と連携し、地域独自の介護支援基金の設立。
この基金は、地域の寄付や企業からの支援、政府補助金などを原資とし、低所得高齢者の介護費用を補助。各地域の経済状況や高齢者のニーズに柔軟に対応できる仕組みの構築。
🔳介護サービス利用クーポン制度
低所得世帯向けに、介護サービス利用のための定期的なクーポンの発行。
これにより、高齢者が必要な介護サービスを経済的負担なく利用できる仕組みを作る。クーポンは介護施設、在宅介護サービス、医療機関など、幅広いケアサービスで利用可能。
🔳介護保険料の所得連動型軽減
現行の介護保険料のより累進的な改革として、低所得世帯の保険料を大幅に引き下げ、高所得世帯にはより高い保険料を設定することで、制度の再分配機能の強化。
🔳コミュニティケア支援ネットワーク
地域コミュニティを中心とした相互支援システムの構築。
ボランティア、地域団体、NPOなどと連携し、低所得高齢者への無償または低額の介護支援サービスの提供。特に、軽度の介護ニーズに対応する柔軟な支援体制の整備。
さらに今後、ICTを活用した遠隔介護支援、多世代共生型住宅の推進、地域コミュニティによる包括的なケアネットワークの構築など、従来の枠組みを超えた創造的なソリューションが求められている一方、いつスタートするのか、自分が導入できるのかも分からないシステムや公的サービスを首を長くして待つより、現行で利用できるメリットのありそうなサービスやシステムの情報を早々に入手し、親に合った介護プランを家族がデザインし、確実にそれらのメリットを享受するよう、個別に準備・実行していくことが肝要なのではないのでしょうか?