「母の通帳から毎月消える2万円」―家族が心配した“謎の出費”の正体
番号 126
もしかして詐欺かもしれない
先日、親介護に関する話を聞く中で、意外だけど妙に納得するような話がありました。
ある50代の男性の話です。
一人暮らしをしている80代の母親は、近所でも有名な倹約家だったそうです。
スーパーの特売日を把握し、ポイントカードも使いこなす。まだ使える物は絶対に捨てない。外食もほとんどしない。
そんな母親だったから、お金の心配はしたことがなかったと言います。
ところがある日、通帳の記帳を頼まれた際に気になることを見つけたそうです。
毎月決まったように2万円前後が引き出されている。
先月も、その前の月も、そのまた前の月も同じような金額が消えている。不思議だったそうです。
母親は年金暮らしで高価な趣味もなく、旅行にも行かない。それなのに毎月2万円がなくなっている。
気になって聞いてみても、「大丈夫よ」と笑うだけ。
何に使っているのかは教えてくれない。
男性は次第に不安になったそうです。
最近は高齢者を狙った詐欺も多い。怪しい投資話かもしれない。健康食品かもしれない。誰かにお金を貸しているのかもしれない。
しかし何を聞いても、「心配しなくていいから」と言うばかり。むしろ聞けば聞くほど怪しく感じたそうです。
そしてある日、男性は決意しました。
「ちゃんと確認しよう」
親介護が始まる前に問題が起きていては大変です。
もし騙されているなら止めなければならない。そう思ったそうです。
しかしその時はまだ、この話の結末を全く想像していなかったと言います。

浮かれまくる母
それから男性は少し注意して母親の様子を見るようになったそうです。
すると不思議なことに気付きました。
母親が妙に機嫌の良い日があるのです。
しかも月に何回か決まったように訪れる。
その日は朝から鼻歌を歌っている。服を選ぶ時間も長い。鏡の前にも何度も立つ。普段なら近所のスーパーへ行く時ですら適当な格好なのに、その日だけは違う。
男性は最初、友人との食事会か何かだろうと思っていたそうです。
ところがある日、帰宅した母親の顔を見て驚いたと言います。
頬が少し赤い。そして何だか若返ったように見える。
「今日は本当に楽しかった」「やっぱり素敵だった」「また来月も会えるのよ」
そう言うのですが、相手が誰なのかは絶対に教えてくれない。
さらに気になることがありました。最近、母親がスマホを手放さないのです。何かを見ては笑っている。男性が近づくと慌てて画面を閉じる。
ある日ついに、
「誰かいるの?」
と聞いてしまったそうです。
すると母親は大笑い。
しかし否定もしなかった。
その瞬間、男性の頭に浮かんだのは一つでした。
まさか恋人?
80代で?
いや、それはない。
でも待てよ。だから毎月お金が消えるのか?
男性は本気で悩み始めたそうです。
もし再婚したいと言われたらどうする。財産の話は。相続は。親介護は。
気付けば母親より自分の方が落ち着かなくなっていたそうです。
そしてある日、男性はついに母親の部屋で決定的な証拠を見つけることになります。
するとそこには、彼が想像していたものとは全く違う世界が広がっていたそうです。
むしろ恋人説の方がまだ理解できたかもしれないと、後になって笑いながら話していました。

ありがとう‟犯人”
そしてある日、男性はついに母親の部屋で決定的な証拠を見つけることになります。
母親が買い物に出かけている間、頼まれていた荷物を部屋に置こうとした時のことでした。棚の奥に大きな収納ケースがあるのが目に入ったそうです。
何気なく開けてみると、そこには見たことのないグッズがぎっしり詰まっていました。色鮮やかなうちわ。写真。冊子。キーホルダー。そして同じ若い男性の顔が印刷されたグッズの数々。
男性は一瞬固まったそうです。
恋人ではなかった。しかし安心していいのかも分からない。むしろ想像していたどの答えとも違ったからです。
帰宅した母親に尋ねると、最初は少し恥ずかしそうにしていたそうです。しかし観念したように話し始めました。
近所の友人に勧められてテレビ番組を見たこと。最初は興味がなかったこと。それがいつの間にか出演番組を録画するようになったこと。そして気付けば毎月のお小遣いの一部をグッズや配信に使うようになっていたこと。
つまり毎月消えていた2万円の正体は―推し活だったのです。
しかも相手は人気アイドルグループ。
男性はしばらく言葉が出なかったそうです。80代の母親。恋人疑惑。再婚疑惑。詐欺疑惑。その全ての答えがアイドルだった。
男性は思わず聞いたそうです。
「そんなに好きなの?」
すると母親は少し考えてからこう答えたと言います。
「あなたより会ってる回数は多いわね」
その瞬間、男性は何も言い返せなかったそうです。
ところが本当に驚いたのは、その後だったそうです。
以前の母親は家にいる時間が長くなり、「もう年だからね」が口癖だったと言います。しかし推し活を始めてから変わったそうです。
ライブ配信の日は時間を確認するために時計を見る。出演番組を見逃さないよう新聞やスマホで情報を調べる。友人と感想を話すために外出する。イベントの日は何を着て行くか考える。
気付けば毎日の生活に予定ができていたそうです。
さらに友人との会話も増えたと言います。
「昨日見た?」
「次の新曲知ってる?」
そんな会話が増え、以前より人と会う機会も増えていたそうです。
男性はある時、母親のかかりつけ医からこんな話を聞いたと言います。
「最近お母さん元気ですね」
その言葉を聞いて初めて気付いたそうです。
自分は毎月消える2万円ばかり気にしていた。
しかし母親はその2万円で、楽しみや生きがいを買っていたのかもしれないと。
親介護では転倒予防や認知機能の維持といった話題がよく出てきます。
しかし高齢になっても「楽しみがある」「会いたい人がいる」「次の予定がある」ということも、実は大切な介護予防の一つだと言われています。
先日話を聞いたその男性は最後にこう笑っていました。
「今では私の方が心配されていますよ。母から『推しもいないで大丈夫?』って言われるんです」
そう言って笑った後、少し真面目な顔で続けました。
「毎月2万円は高いと思っていました。でも今は、母が元気で笑っていられるなら安いものかもしれませんね」
親介護というと、どうしても衰えや不安に目が向きがちです。
しかし親が夢中になれる何かを持っていることも、立派な介護予防なのかもしれません。
もしかすると、ご両親を元気にしているのは家族が知らない“推し”の存在なのかもしれません。
