認知症、要介護度が思ったほど高くならない説

番号 146

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前日の「予習」で、安定のボケぶりを発揮

母の認定調査を受けることになりました。

普段の母は、少しずつ物忘れが増えていました。

「今日、何曜日だっけ?」

「昨日の晩ごはん、何食べた?」

そんなことを聞いても、

「……何だったかねえ」

と、考え込んでしまいます。

薬を飲んだか分からなくなることもあります。

買い物に行って、

「ちゃんと買ってきたよ」

と帰ってきたのに、頼んだものが入っていない。

その代わり、なぜか同じものが2つ入っている。

そんなことも珍しくありませんでした。

そこで認定調査の前日、家族で、

「明日、いろいろ聞かれるから、ちょっと練習しておこうか」

ということになりました。

まずは簡単な質問です。

「お母さん、干支は?」

母は少し考えて、

「……さそり?」

「いやいや(笑)。干支。十二支のほう」

「……さそりじゃない?」

家族一同、

「それ、星座だから!」

と思わずツッコミです。

次に、

「自分のことは自分でできる?」

と聞いてみました。

すると母は、

「どこに行くにも、人の手を借りないとできないわよ」

と答えました。

「そうそう。明日も、そういう感じで答えてね」

家族は少し安心しました。

これなら、普段の母の状態もちゃんと伝わるだろう。

ところが翌日。

私たちは、認知症の「取り繕い」を甘く見ていました。

調査員に即答する憎いヤツ

翌日、認定調査員の方がやってきました。

すると母は、いつもより姿勢がいい。

いつもより愛想もいい。

そして、なんとなくシャキッとしている。

調査が始まりました。

「お名前は分かりますか?」

「はい、○○です」

「今日は何日ですか?」

少し考えてから、

「○日……ですよね」

と答えます。

私は横で、

「おお……」

と思いました。

そして、あの質問が来ました。

「干支は何ですか?」

母はパッと顔を上げて、

「ウマです!」

……。

「昨日のさそりはどこいった?刺されたか?」

心の中でツッコミました。

さらに、

「ご自分のことは、ほとんどご自身でされているんですか?」

と聞かれると、

「家の人は忙しいのでほとんど手伝ってくればくて・・
大体、いつもやってますね」

と即答。

「おい!コラ、今日だって会社休んでんだぞ!!」

ちょっと家族を悪者にしながら絶妙に進める母に認知症の影は一切消え失せていました。

さらに、

「お薬は、ちゃんと飲めていますか?」

「そうですね。飲めていますね」

……。

この前飲み忘れを一気に挽回しようと大量に飲もうとしたくせに。

「買い物はされますか?」

「特売の日なんかもう・・・」

……。

「毎日同じものを買っては、冷凍庫に押し込んでいるの知っているぞ」

それでも母は、にこやかに答えていきます。

分からない質問をされても、

「そうですね」

「いつもやっていますよ」

「大丈夫です」

と、巧みな相槌で自然に話をつないでいく。

まるで、

「分からないこと」を悟られない、高学歴の新入社員のように。

私は横で、

「いやいや、マジで大丈夫じゃないんです……」

と、何度も心の中で叫んでいました。

案の定、最後に調査員の方が、

「お母さま、すごくお元気そうですね」

と締めくくり

母は、「はい!、そりゃもう!!」とニコッと笑います。

私も、

「そっ、そうですね、体はすこぶる元気なんですがね……」

としか言えませんでした。

前日に家族でやった「認定調査の予習」。

奇しくも、母にとっては残り少ないメモリーのフルサイズを使って、調査を“乗り切った”形となり、

完全に、裏目に出た結果となりました。

「できない」と言わない母を、家族はどう見るか

結果として、母は高い要介護度までは必要ないという判定になりました。

家族としては、

「そりゃ、今日の母だけ見たら、そう見えるよ……」

という気持ちでした。

でも、あとになって考えると、母は嘘をつこうとしていたわけではなかったのだと思います。

認知症になると、分からないことやできないことを、そのまま「分からない」「できない」と言えず、

「そうですね」

「大丈夫です」

「いつもやっています」

と答えて、その場をうまくつなぐことがあります。

いわゆる「取り繕い」です。

本人にとっては、

「できない自分を隠そう」

というより、

「まだ大丈夫な自分でいたい」

という気持ちもあるのかもしれません。

そして、ここには介護認定の難しさもあります。

厚生労働省も、病気の重さと要介護度の高さは、必ずしも一致しないと説明しています。

認知症があっても身体の状態が比較的良好な人が、認知症の症状によって多くの介護を必要とする場合もあります。

母もまさにそうでした。

歩ける。
トイレにも行ける。
着替えもできる。

でも、

薬を飲んだか分からない。
買い物を頼んでも、違うものを買ってくる。
同じ話を何度もする。

家族が困っていたのは、こういう毎日の小さな出来事でした。

だから認定調査では、

「認知症です」

だけではなく、

普段の生活で何が起きているのかを、具体的に伝えることが大切です。

そして私は、あの日の母を今でも覚えています。

前日は、

「さそり?」

と言っていたのに。

認定調査の日には、

「ウマです!」

と胸を張った母。

あれは、母なりの

「私はまだ大丈夫」

だったのかもしれません。

親には親のプライドがあります。

できなくなったことだけではなく、
それでも「できる」と言いたい気持ちも含めて、その人を見る。

それも、親を介護するということなのかもしれません。

そして、そんな小さな変化も、その人らしく生きてきた証も、できるだけ家族の記憶に残しておきたい。

「おやものがたり」は、親の思い出や人生を、家族の記憶として残していくための場所です。

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