母の財布が消えた!警察からの電話で、家族に広がった疑惑
番号 156
「お母さまのことで、お話があります」
「お母さまのことで、お話があります」
仕事中、突然かかってきた警察からの電話。ある男性は、その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がしたそうです。
「母に何かあったんですか?」
慌てて尋ねると、警察官はこう説明しました。
「お母さまから、財布と現金が盗まれたと相談がありまして……」
男性は仕事を切り上げ、急いで実家へ向かいました。
家に着くと、母親は落ち着かない様子で訴えました。
「お財布がないのよ。ちゃんと置いておいたはずなのに」
「最後に見たのはいつ?」
「それが、わからないの。でも、お金も入っていたのよ」
家の中を見回しても、荒らされた形跡はありません。それでも母親は「絶対にここにあった」と譲りませんでした。
実は、母親には以前から気になる変化がありました。スーパーのレジで小銭を数えられず、後ろに人が並ぶと焦ってしまうことが増えていたのです。
男性は認知症の初期症状かもしれないと心配し、少しでも買い物が楽になるよう、スマホ決済を勧めていました。
「これで小銭の心配も減るだろう」
そう思っていた男性でしたが、今回の騒動は思いもよらない方向へ進んでいきます。

「まさか、あいつが……」
「そういえば、この前、娘が来たのよ」
母親がぽつりと口にしました。
娘とは、男性の妹です。
妹は仕事が長続きせず、生活に困ると母親にお金を借りていました。返す約束をしても、そのままになることがあり、男性は何度も注意してきました。
「母さんだって、年金で生活してるんだぞ」
しかし母親は、娘に頼られると、ついお金を渡してしまうのです。
そんな妹が、最近、実家を訪ねてきていたといいます。
「妹が来たとき、財布はどこにあったか覚えてる?」
「いつものところにあったと思うけど……」
母親の記憶は曖昧でした。
実は男性には、もう一つ気になることがありました。以前、妹との電話で、母親の近況を何気なく話していたのです。
「母さん、最近スマホ決済にしたんだよ。レジで小銭を数えるのが大変そうだったからさ。これなら買い物も楽になると思って」
そのときは、ただの近況報告でした。
ところが今になって、あの会話が妙に引っかかります。
スマホ決済なら現金を使う機会も減る。妹は母親の生活の変化を知っていたのです。
もちろん、妹が財布を盗んだ証拠はありません。それでも、これまでの経緯から、男性は疑いを捨てきれませんでした。
「この前、母さんのところに行ったよな。財布がなくなったらしいんだけど、何か知らないか?」
電話をかけると、妹は激怒しました。
「はあ? 私が盗んだって言いたいの?」
「そういうわけじゃなくて、念のために聞いてるだけだよ」
「いつも私ばっかり悪者にして!」
妹は一方的に電話を切ってしまいました。
男性はスマートフォンを握ったまま、立ち尽くしました。妹を疑いたくはない。でも、財布は見つからない。
「まさか、あの話を聞いて……」
そんな考えが頭をよぎりましたが、証拠もありません。
まずは財布を見つけなければ。男性は、もう一度、家の中を探すことにしました。

母が財布をしまった理由
タンスの引き出し、食器棚、押し入れ。
男性は母親に確認しながら、思いつく場所を一つずつ探しました。
「ここには入れてない?」
「そんなところに置くわけないでしょう」
母親も必死です。
「誰かが持っていったんじゃないの?」
母親がそう言うたび、男性の心にも疑いがよぎりました。
しかし、家の中には荒らされた形跡もありません。
ふと男性は、母親がスマホ決済を使い始めてから、財布を出す姿をほとんど見ていないことに気づきました。
「母さん、最近、財布を使わなくなったよね?」
「だって、スマホで払えるからね。便利になったわよ」
「じゃあ、使わなくなった財布はどうしてたの?」
母親は考え込んだあと、ぽつりと言いました。
「そういえば、しまったような気がするのよ。何かあったときのために、取っておこうと思って」
「どこにしまったの?」
「それが……思い出せないの」
男性は、普段あまり開けない場所も探してみることにしました。
そして、収納場所の奥にしまわれた物を動かしていたときです。
「あっ!」
母親が声を上げました。
そこにあったのは、見覚えのある財布。中には現金も、きちんと入っていました。
盗まれてなどいませんでした。母親自身が、なくさないように大切にしまい、その場所を忘れてしまったのです。
「これだわ! ここにしまったんだった!」
母親は、ほっとした表情を浮かべました。
男性も安堵しましたが、すぐに妹の顔が頭に浮かびました。証拠もないのに疑ってしまったのです。
すぐに妹へ連絡し、謝らなければと思いました。
今回の騒動は、母親を助けたいと思って始めたスマホ決済が、思いがけない問題につながったものでした。
そして、もともと家族の間にあった不信感が、根拠のない疑いまで生んでしまったのです。
親を思って始めたことでも、思いどおりにいくとは限りません。
高齢の親を支えるときは、便利な方法を用意するだけでなく、その後の生活にどんな変化が起きているのかにも目を向けることが大切です。
そして、何かが起きたとき、決めつける前に事実を確かめること。
それが、親を守るだけでなく、家族の関係を守ることにもつながるのではないでしょうか。
